天使の舞い降りた日 第1章 Act.3 契約T

プレシャ「それでは始めましょうか」
プレシャ「本来ならば四大精霊との契約にはとても大きな儀式を執り行う必要性があるのですが、今回は特別に私が呼ぶことにしましょう」
簡単な精霊との契約なら、その対象となるモノを使うことで契約の儀式を行うことが出来るが、その対象が四大元素ともなると話は別だ。
最も扱い易く、そして最も扱い難いという両極の性質を持つ四大元素は、空間と干渉し易くその場に留めて置く事がとても困難なモノで、契約を行っている間に消えてしまう事が多い。
だから、対象を用意するのではなく精霊本体を召還することで契約を行うことになる。
先生が言った通り、その召還には難解な儀式を必要とするんだけど、今回はそんな儀式を行わないで直接呼び出してくれるらしい。
精霊と同等の立場にある守護者だからこそ出来る事・・・か。
プレシャ「ユキの最も得意とする属性はなんですか?」
ユキ「水・・・ですね。守護結界は風が強いと思います」
本当ならティファレットの家系に生まれた者は、守護天使であるミカエルの火の属性を得意としなければならない。
だけど、私はその属性を最も不得意としていた。
先生には潜在的な能力を開化させれば使える様になると言われたけど、そんな力があるなんて自分では思えない。
プレシャ「なるほど・・・」
プレシャ「それでは風の精霊から始めたほうが良さそうですね、守護が固まっていればやり易いと思いますし」
私の風の守護が、その属性の頂点に立つ精霊に対してどこまで通じるかは分からないけど、守りがあれば攻撃の起点に出来ることは確かだ。
プレシャ「準備はいいですか?」
ユキ「・・・はいっ」
私は先生の言葉にしっかりと頷くと、カドゥケウスを両手で強く握り締めて臨戦態勢に入る。
私自身の戦闘経験はシュミレーションを除けば数える程しかなく、本当の実戦と呼ばれるモノはこれが初めてになると思う。

プレシャ『The wind which sounds the treetop of trees and blows.』
プレシャ『I call......"Sylphid"』

魔法の詠唱ではない精霊を呼ぶための詞。それなのに、先生の発したその詞が魔法院に響いた途端に辺りに風が巻き起こった。
魔法院の中は外界とは遮断された異空間なので、魔力によって起こる空気の流れ以外で風を感じることは無い。
何も無い所に在るだけで何かを発生させてしまう。
それが精霊と呼ばれる者達でもある。

そして・・・風が止んだ。

ユキ「・・・っ」
圧倒的なまでの魔力量。その存在感を感じてカドゥケウスを握る手が震え、汗ばんでくる。
目の前に居る精霊からは私とは比べ物にならないほどの魔力が感じられ、魔法院の中もその影響で空間が歪み始めている。

シルフィード「・・・呼びましたか? メルクリウス」

深緑を思わせるかの様な長い髪を自身を取り巻く風に靡かせながら、風の精霊・・・シルフィードは現れた。
風の精霊は美しい女性のカタチを取る事が多いと聞いたことはあったけど、同性の私から見ても本当に美人だ。
プレシャ「えぇ。今日はあなたと契約させたい子が居ましてね」
シルフィード「契約?」
と、私の存在に気付いたのか視線をこちらへと向ける。
シルフィード「ティファレットの子ですか。使役してもらうには十分な素質を持っていますね」
シルフィード「貴方、名前は?」
ユキ「ユ、ユキです。ユキ=ティファレット」
風の精霊から感じ取れる魔力や幻想的なまでの容姿を見て、流石に平常心で居られるわけも無く、舌が上手く回らない。
シルフィード「フフ。そんなに堅くならなくても良いですよ」
シルフィード「ユキとだったら契約しても全然大丈夫だとは思いますけど、一応この世界の規則がありますからね・・・」
そう言って私の前方に対峙するカタチで降り立つと、彼女の足元に魔方陣が展開された。
シルフィード「準備は整っている様ですから、早速・・・」
シルフィードが片手を胸の位置まで持ち上げる。
それだけで彼女の周りに風の渦が発生し、たちまち暴風となって私に向かってきた。
シルフィード「貴方の力、試させてもらうわ」
ユキ「(来る―――っ!)」
そう思った瞬間。否、そう思う暇さえも与えられないまま、風の精霊は私の視界から消えていた。
ユキ「(風を纏わり付かせて姿を隠した・・・? それなら今の内にっ)」

ユキ『圧縮率変更。A級結界構築。即時展開っ!』
ユキ『結界圧縮率変更。再構築。A級二重結界展開。風属性付与っ!』

私の持つ全ての風属性の魔力を持って、自分自身に対して上級の結界を二枚張り巡らせる。
この結果がどこまで通じるかは分からないけど、少しの間だけ時間稼ぎをしてくれれば十分だ。
シルフィード「A級結界の二枚同時展開・・・。その上、風の加護を載せる事が出来るなんて・・・面白いっ!」

バシンッ

一撃目。

『A級二重結界。8%損傷』

ユキ「(っ! やっぱり私の魔力程度の結界じゃダメージが大きいか・・・)」
風属性を付与させたおかげで、ダメージが半減されてるのが唯一の救いだ。
損傷率から見ても今の攻撃は結界の持久力を試すための軽いモノのはず。
それでもこんなに削られているんだから、本気で攻撃されたらこの結界も長く持たないだろう。
ユキ「(このまま守りに徹していたら簡単に破られるな・・・。こっちからも攻撃していかないと)」
ユキ「(でも、相手がどこに居るのか全然感知できない)」
魔法院の中に巻き起こる風と一体化してしまった精霊の本体を視つける事は難しい。
魔力の流れで居る場所は大雑把に割り出すことは出来るけど、思考するよりも早く動く風の精霊にはそんな事をしても意味が無い。

バシンッ

二撃目。

『A級二重結界。19%損傷』

ユキ「(く・・・っ!)」
ユキ「(こうなったら、風の流れを止めるしかないかっ)」
私は再び魔法を唱える為にカドゥケウスに魔力を込め始める。
上級結界を展開させている為にあまり大きな魔法は使えないけど、魔法院の中という事もあって魔力自体を貯める事は容易い。

ユキ『空間制御権限。圧縮開始・・・』

私の最も得意とする分野でもある空間の制御。
私達天使が空間を移動する際に使う空間制御能力を、魔法を使う為だけに応用させた能力。
私の中に一つの空間を作り出し、その中で魔法を使う事によって詠唱をする必要を無くす事が出来る。
詠唱とは自己を変革させるものであるから、自分自身の中で魔法を使う分には不必要なモノなのである。

ユキ『ινψιτατιον βυ τηε ψαχυυμ』
ユキ『即時展開っ!』

私の中にあった空間を外界へと展開した瞬間。魔法院の中の雰囲気が一瞬にして変わった。
この魔法院と呼ばれる空間を風を通すことの無い真空へと変える空間魔法。
ユキ「これならっ!」
真空となった魔法院の中の魔力の流れを感じ取り、風の精霊の居場所を探し出す。
ユキ「そこっ!!」
瞬時にカドゥケウスに魔力を込め、視つけた場所に向かって大きく踏み込みながら力任せに薙ぎ払う。

バチッ

『A級二重結界。33%損傷』

ユキ「なっ―――!」
風の精霊を確かに捕らえたはずなのに、攻撃した私が逆に弾き飛ばされる。
ユキ「(そうか、結界っ!)」
私だって結界を張り巡らせているんだから、向こうだって同じ事をしているのは当たり前だ。
それに四大精霊の魔力量は実感済み。私の張っている上級結界ぐらいじゃ破ることなんか出来ない程の魔力を纏っているはず。
シルフィード「ふぅ」
シルフィード「ティファレットの家系はカドゥケウスの所持者ですものね」
シルフィード「ヘルメスの加護を受けているその杖を持っているのならば、風の様に早く動けるはず、完全に失念してたわ」
そう、さっき私が一回の踏み込みで攻撃できたのも、次から次へと考えが浮かんでくるのもカドゥケウスのおかげだ。
本来の所持者であるヘルメスは、商業や貿易、泥棒の守り神だけあって、その足の早さと頭の回転の速さは相当なモノだったと言われている。
シルフィード「それにしても、まさか真空空間を創り上げるとは思わなかったわ」
風を起こすことが出来なくなったのだろう。戦闘が始まる前と同じ様に私の前方へと降り立って私の事を冷静な目で見据える。
大丈夫。この張り詰めた緊張感にはもう慣れてきている。

『A級二重結界。属性効果消滅』

突然、私の結界から風の属性効果が消え去る。
この真空空間で風を起こせなくなったのは精霊だけではない、私も同じ事だった。
この空間の中では火は起こせないし水も蒸発してしまう。私が使える魔法もかなり制限されているだろう。
シルフィード「ここからが本番ってとこかしらね」
彼女がそう微笑んだ瞬間、私の身体に今までとは比べ物にならない程の衝撃が走った。

『A級二重結界。64%損傷』

ユキ「な、なにっ!?」
打撃による衝撃ではない。風を発生させることの出来ない今、不可視の速さで動くことなど不可能のはずだ。
それに、この空間は私自身の魔力を張り巡らせているから、動く物であるなら全て知覚する事が出来る。
と言う事は・・・
ユキ「魔法・・・っ!」
唯一、知覚する事が出来ないモノ。それは私自身の魔力以上の魔力を帯びたモノに他ならない。
ユキ「(冗談じゃない。四大精霊の魔法になんか、私の結界なんかが耐えられるはずが無いよ)」
私は即座にそう判断すると地面に両手を向ける。

ユキ『圧縮率変更・・・』
ユキ『即時解放っ!』

足元の空間を一度圧縮させ、即時に解放することで軽い爆発を起こさせる。
その衝撃を利用して魔法院の天井近くまで飛躍した。
瞬間。今まで私が居た場所が爆音と共に眩い閃光に包まれた。
シルフィード「フフ。良く避けましたね」
ユキ「直感・・・でしたけどね・・・」
たまたま飛び上がったおかげで今の魔法からは避けられることが出来たけど、多分、同じ様な荒業は二度と出来ないだろう。
ユキ「(・・・どうする)」
あの魔法を直接受ける訳にはいかない。避けるにしても、精霊の魔法には詠唱と呼ばれるモノが存在しない。
魔法を使われた後では対処しようが無いのに、使ってからでないと動けないんだから回避する事なんて不可能だ。
それに、詠唱が無いといっても簡易魔法などではなく、さっき彼女の使ってきた魔法はどう考えても長い詠唱を必要とする上級魔法。
普通に考えてもこの結果自体が保つのは後一回のみ・・・。
シルフィード「ティファレットの子。確かに面白い素質を持った子ではあるけど・・・」
彼女の右手がゆっくりと上がる。
シルフィード「まだまだ未熟な部分があるようですね」
その手を振りかざすと同時にもの凄い量の魔力が解放される。
ユキ「―――っ!」
神世代の魔女じゃないんだから、詠唱の無い上級魔法なんてズル過ぎる。
逃げようの無い強大な魔力を前にして、私は残った結界の力を前方に集中させて魔法の衝撃に耐える。
ユキ「う、ぐ―――っ!!!」
自身の魔力以上の力を受け止め、それ以上の力を持って受け返す。
前方に差し出した両手の指先がピリピリと痺れ始め、その部分の魔術回路の一本一本が焼けるように熱くなる。

『A級二重結界。損傷率65%。66%。67%・・・』

秒感覚の速さで結界の耐久率が減少していく。
だけど大丈夫。この空間の中では魔力の精製力は私の方が上だ。
それでも追い付かないのであればこの空間に満ちるマナから取り出すまでだ。
結界が崩壊する前に、この衝撃を掻き消せれば・・・っ!
シルフィード「・・・・・・」
シルフィード「後ろががら空きですよ?」
ユキ「―――え?」
差し出していた両手から伝わって来ていた衝撃が急に弱まったかと思ったら、私の背後から精霊の声が響いた。
文字通りに・・・背筋が凍りついた。
ユキ「(マ、マズイッ)」
ユキ「圧縮率・・・」
シルフィード「遅いっ!」
振り向いて結界を広げるよりも早く、彼女の右の掌が私の目の前に差し出され魔力が解放された。

ズンッ

『A級二重結界。耐久値突破。崩壊シマス』

ユキ「っ―――ああぁぁあぁぁぁぁぁああああっ!!」
結界を広げようとした両手に重い衝撃が掛かったかと思うと、次の瞬間には魔法院の壁まで身体が吹き飛ばされていた。


シルフィード「魔力の使い方は上手ですけど・・・やはり、実戦はまだ不得意のようね」
精霊が繰り出す攻撃に下級天使が耐えられるはずは無いと思うが、シルフィードの言う通りユキの戦い方は手馴れているものとは言えない。
カドゥケウスのおかげで頭の回転こそ早くなってはいるが、身体能力がその思考にまるでついて行っていない。
しかし、不得意なのには理由がある。
それはユキだけに言える事では無く、今、庭に所属している天使の大半が同じ様に戦いを得意としないだろう。
庭では戦闘能力を持つ天使の育成をしているかも知れないが、その力を試す機会というものが無い。
一昔前なら魔族の進行や人間界における大戦などがあったが、今ではその様な事が滅多に起きることは無い。
ヒト同士の間で戦争やら紛争と呼ばれるモノが起きてはいるが、その内容は、人種差別、宗教の差異、国間競争など、ヒト以外から見ればどれも下らないものばかりで、
わざわざ天使が出向いてまで治めることでもない他愛も無いことだ。
したがって、今の天使には戦闘を経験する場が制限されたシミュレーターや訓練でしか無く、必然的に戦闘能力は落ちてきている。
だから庭での成績が良くても、太古から様々な戦闘で経験を積んできている者に対して勝つ事なんて不可能だ。
シルフィード「まぁ、しょうがないですね・・・」
そう呟いたシルフィードは、吹き飛ばされたユキの元へと歩み寄る。
辺りには先程の魔力で発生した煙が立ち込めていたが、シルフィードから発生する風によって徐々に取り除かれていく。

シルフィード「・・・・・・風?」

気づいて歩みを止める。
自身が纏った風を掌で救い上げるようにして、撫でながら考え込む。
今、この魔法院の空間には風が生じるはずが無い。
ユキが使った空間魔法によって真空・・・つまり無風状態だ。
あれだけの空間魔法ならば、術者からの魔力が途切れたとしてもある程度は持続することができるはず。
しかし、今のこの状況はどうだろう。
真空であったはずの空間には空気の流れが存在し、先程まで自身の属性を抑えられて重かった身体も、今では思うように動かすことができる。
ユキの魔力の効力は完全に存在していない。
シルフィード「・・・ふむ」
考え付く一つの答えを導き出し、煙が晴れてきた前方を見据える。
シルフィード「本当・・・面白いわね」
シルフィード「前言を撤回するわ。詰めは甘いけど、その機転の良さには十分及第点を与えることが出来るようですね」


ユキ「・・・ありがとうございます」
一際強い風が吹き立ち込めていた煙を全て掻き消すと、その中にはユキが方膝をついてこちらを見ていた。


今のは流石に危なかった。
咄嗟に思い付いた事とは言え、少しでもタイミングがずれていたら、今頃私は壁に叩き付けられて意識を失っていた事だろう。
そうやって胸を撫で下ろす私の目の前に展開されているのは、破られたはずの結界。
シルフィード「空間結界・・・。展開していた空間を丸ごと圧縮しましたか」
シルフィード「そんな芸当が出来る天使なんて、数えるほどしか居ないでしょうね」
最も得意な魔法だからこそ出来る応用魔法。
展開していた空間を再び圧縮し、その圧縮率を魔法院全体ではなく自分の周囲にだけ再展開する結界魔法。
空間そのものを結界にするわけだから、その耐久力は先程の結界よりも大分高い。
ただし、この圧縮した空間の維持にはかなりの魔力を消耗する。
持っても三分。全力を出したいのなら一分も持たないはず。
だから・・・

ユキ『空間座標入力。圧縮率変更。転送っ』

その時間内にどれだけの攻撃が出来るかが勝負だ。

ユキ『再構築。強化』

シルフィードの目前へと空間移動し、手にしたカドゥケウスを打撃向けの性質へと強化させて力の限り薙ぎ払った。

バチッ

シルフィードが身に纏う風の結界と激しく衝突し、空間がぶれる。
空間結界のおかげでさっきの様に弾き飛ばされることは無い。
シルフィード「分かりました。私も真正面から勝負することにしましょう」
その言葉と共に、ぐんっと押し返す力が増し、カドゥケウスを握る腕の筋肉が震えだす。
幾ら魔力で強化しているとは言っても、私自身の元の筋力は普通のヒトの女の子程度のモノでしかない。
いや、筋力を使う大抵の事は魔法で行ってしまうから、日常生活において筋力を使う場は殆んど無いので、実際にはそれ以下だ。
だから、魔力が切れてこの圧力を受け切れなくなれば、私はそのまま吹き飛ばされることになるだろう。
ユキ「(どうする・・・?)」
相手の結界も消耗していることは確かだけど、こっちの結界の消耗はそれ以上だ。
この空間結界が破られれば私の勝ち目というモノは一切無くなる。
その前に相手の結界を破る為には、強大な魔力を相手にぶつけて消耗を早める以外には無い。
ユキ「(それには・・・)」
この結界と攻撃を維持しつつ出来る最大限の強力な魔法。
もちろん。相手に魔力の流れを悟られるわけには行かないから、大魔法なんていう周囲に影響を及ぼす魔法なんて使うことは出来ない。
そんなに魔力を必要とせずに即座に詠唱が行え、尚且つ強大な威力を相手にぶつけることの出来る魔法は・・・。
シルフィード「さて、どうしますか?」
ユキ「くっ・・・」
腕が痺れ始める。
結界自体の耐久率、私の残りの魔力量はほんの僅かしかない。これ以上この結果の展開時間を延ばすことは出来ない。
考えないと・・・。