天使の舞い降りた日 第1章 Act.4 契約U

結界の維持に必要な魔力量と残りの魔力量を計算して、今使える最大の魔法を考える。
相手に最も有効的な上級魔法なんて使うのは不可能。ギリギリで中級の初歩程度が限度・・・か。
その中で最も効率良く相手へとダメージを与えられる魔法は・・・。
ユキ「(属性効果を活かす魔法・・・風には、土を)」
土属性の魔法は決して得意とは言えないけど、相手の弱点を捉えるという事はその効果を相乗させることになる。
その結論を数秒で導き出した私はすぐさま実行に移す事にした。
迷っている暇は無い。カドゥケウスから流れてくる知識の本流を使って、思いついた事はすぐに全て試してみるしかない。

『空間結界損傷率。89%。90%・・・』

ユキ「(間に合うか・・・)」
結界の効力は長く見積もっても後十秒程度。その間に相手に気付かれないように魔法を完成させなければならない。
大きな魔法になればなるほど魔法を使う為の詠唱時間は長くなっていく。
神世代の魔女ならば、シルフィードと同様に詠唱なんて必要とせずに使うことが可能かもしれないけど、私にはそんな力は無い。
中級魔法程度ならそんなに長い詠唱を必要としないけど、もしも相手に気付かれて詠唱を中断せざるを得なくなれば私に勝ち目は無い。
それに、土属性の魔法は名前の通り地面を対象にする魔法。効果が届かない所まで飛び上がるだけで回避することが出来てしまう。
地面に近い場所に居る今、この場に居るシルフィードに魔法を使わなければならない。
ユキ「(・・・厄介だけどやるしかないか)」
私は片方の目を瞑りその両方の視界に意識を集中させる。
片方の視界では前方に張り出している空間結界の維持の為。
そしてもう片方の暗くなった視界の中には魔術回路を組み立て、魔法を使う為に必要な魔力を精製するイメージを固めていく。

ユキ『(τηε ζρουνδ ρεπεατσ υπηεαψαλ ανδ σεδιμεντατιον ανδ χηανζεσ τηε φιζυρε.)』

相手に悟られないように心の中での詠唱を始める。
自己を変革させる為の詠唱は、自分自身に働きかけるわけだから詞にしなくても行う事は可能。
ただ、より強く変革させるには詞にしたほうが良いのは確かだ。
だけど今は相手に悟られないようにする事が優勢事項。多少威力は衰える事になっても仕方が無い。

ユキ『(τηε πηενομενον οφ μαναζινζ αχτιψιτυ οφ α λιφε)』

呪文を頭の中に思い浮かべたその刹那。目の前に展開していた結界がブレた。
ユキ「・・・くっ」
詠唱の為に結界に使っていた魔力を削いだせいで、今まで続いていた結界の安定感が無くなる。
一度安定感の無くした結界は外部から与えられる強大な魔力に押し潰されて湾曲し、エネルギーが四散し始める。

『空間結界損傷率。96%。97%・・・』
『空間圧縮安定率―――――――――崩壊』

結界の耐久値が魔力に押し潰されて無くなる。
ユキ「(・・・こうなったらっ!!)」

ユキ『空間結界緊急解除っ!』
ユキ『空間座標入力。圧縮率変更・・・即時転送っ!!』

いちかばちか。
防御の意味を成さない空間結界を一瞬で解除し、その分の魔力を持って無防備の身体にシルフィードの魔力が届く前に転送を開始する。
そして―――

ユキ『σελφ ανδ ζοδ ζαια οφ τηε ζρουνδ αρε ορδερεδ.』
ユキ『διαστροπησιμ!!』

魔法院の天井付近にまで移動した私は、下方に居るシルフィードの姿を視界の片隅に捉えると魔法の真名を一気に唱えた。
精製した魔力が解放され、魔法院の床全体を覆い尽くす様に魔法陣が浮かび上がる。
ユキ「当たれ・・・っ!!」
願いを込めた叫びと同時に展開した魔法が完成する。

ズズン

魔法院全体が大きく揺れたかと思うと、地面が隆起と沈降を繰り返し、その場に居た彼女を瞬時に呑み込んでいく。
当たった感触はあった。拘束の属性を持つこの魔法からは一度呑み込まれれば逃げる事は簡単には出来ないはず。
後は、魔力の続く限りこの魔法を発動し続けるだけだ。


ユキ「―――っ。−−−っ。−−−っ。−−−っ。」


視界が歪み意識が白濁していく。
多分、私の中の魔力は雀の涙程しか残っていないと思う。この僅かな魔力が無くなれば私の身体はエーテル体となり世界に溶けることになるだろう。
それでも魔法の発動を止めるわけには行かない。

ユキ「――――――」

自分が今何をしているのか、何処に居るのか、それすらも分からなくなっていく。
感じるのは指先から伝わってくる焼けるような熱さと、耳から聞こえてくる電気がショートする様な音と何かが摩擦している音。


そんな状態がどのくらい続いたのか・・・実際には数秒の出来事だったとは思う。
猪突に、何かが切れる様な音が頭の中に響いた。

ユキ「ダメ・・・か・・・」
ふらっと身体が崩れる。
途端に広げていた翼の揚力が失われ、慣性の法則に従って身体が落下していく。
後数秒もしない内にこの身体は地面へと叩きつけられるだろう。 ユキ「(やっぱり四大精霊に勝つなんて今の私には荷が重過ぎたよ・・・先生)」
そんな事を考えながら、私は自由落下に身を任せた。


だけど次に感じたモノは、

地面に叩きつけられる感触でも無く、

意識が途切れて世界を漂う感覚でも無く。

私の身体を柔らかく包み込む感触だった。


ユキ「・・・・・・・・・ぇ?」
その暖かい感触に包まれながら、閉じていた目をゆっくりと開けて飛び込んできた光景に目を丸くさせる。
シルフィード「大丈夫ですか?」
ユキ「シルフィ・・・ド?」
ユキ「な、なんで・・・?」
シルフィード「もう結果は分かっていますしこれ以上闘う理由も無いでしょう。私達は争いをしている訳ではありませんから」
ぼんやりと白く染まった視界の向こうから穏やかな声が聞こえてくる。
シルフィード「それに、最後の魔法は流石に効きましたよ」
シルフィード「油断していたとは言え、まさか私の結界が破られるとは思いもしませんでした」
そうやって軽く微笑むシルフィードからは、彼女を覆っていたはずの恐怖感を覚えるほどの魔力の流れは感じ取れない。
シルフィード「ふむ。エーテルを繋ぎ止めるための魔力が少し足りないようですが・・・私がなんとかしましょう」
シルフィードが自らの深緑の長髪に巻き付けていた赤いリボンを解いて、それに何かの刻印を刻み込む。

そして、そのぼんやりと光るリボンを私の片側の髪に巻き付けた。

途端。外部から私の内へと魔力が流れ込んで来る様な感じがして、白くぼやけていた視界が鮮明になり、今まで重くて動かなかった身体が軽くなる。
ユキ「これって・・・」
シルフィード「えぇ。元々ティファレットの子に使役して貰うのは問題ないと言ったでしょう?」
シルフィード「世界が決めた規則で契約の為には力を試さなければなりませんでしたけど、先の闘いには十分な及第点をあげることが出来ますよ」
シルフィード「さぁ、立てますか?」
言われて、両足の筋肉に力を込めて立ち上がる。
多少の眩暈と立ち眩みはあったものの、髪に巻かれたリボンから流れ込んでくる魔力で、先程までの状態が嘘のように身体は思うように動かせた。
シルフィード「魔力の差異による拒絶反応は無いようですが・・・」
ユキ「多分、大丈夫だと思います」
個々によって体内で精製する魔力には多少の違いがあるはずだけど、シルフィードから流れ込んでくる魔力とは相性が良いらしい。
魔術回路の管と魔力のカタチが合わない。つまり相性が悪いと、その魔力は有害と見做され体外へ強制的の排出されてしまう。
だけど彼女の魔力は体内に仮に作り出した魔術回路にも魔力を通すことは出来るし、魔術を使うことにも使用出来るみたいだ。
シルフィード「それでは、当初の約束通りに契約の儀を」
ユキ「で、でも・・・私、負けちゃったんですよね?契約しても良いんですか?」
負けたと言う事は、その精霊を使役した時に生じる世界のバランスの変化を、受け止めきれないと言う事。
精霊との契約に最低限必要な規則からは外れる事になる。
シルフィード「その変の規約の解釈を間違える者が多いのですけど・・・」
シルフィード「契約だけなら、ある程度の力を持つ者ならば誰でも行えるのよ。先の様な戦闘の勝敗は実は関係ないのです」
まぁ、それでも戦闘の内容は重要なんだけどね。と、シルフィードが付け足す。
シルフィード「力量が試させるのは使役・・・つまり精霊召還の際。世界のバランスを崩してしまう力量では召還する事自体が出来ない様になっているのよ」
シルフィード「だから今私と契約しても、今のユキでは私の事を召還するのは難しいと思うわ」
ユキ「そうなんですか・・・」
契約はスタート地点と言う事で、精霊の召還を行うにはそれなりの努力が必要ってことか。
シルフィード「まぁ、契約だけでも、自然界へと働きかける精霊魔法なら使える様になると思いますよ」
シルフィード「今回はそっちが目的でしょう?」
あ、そうか・・・何も先生は四大精霊を使役する様になれとは言って無い。
シルフィードの言う様に。四大精霊と契約する事で周囲に魔力を流せる様になる事が今回の目的だ。

シルフィード「と言うわけですから、深刻に考えなくてもユキとの契約なら問題ありませんよ」
そう言って私に向かって右手を差し伸べる。
ユキ「は、はい・・・」
四大精霊の一人と契約が出来るなんて思いもしなかったから、胸の鼓動が高鳴る。
私は緊張に震えながらも、差し出された彼女の掌に自身の掌を被せる。


シルフィード『汝に告げる』
シルフィード『汝、我に何を願い、何を望む』

ユキ『我が名はユキ=ティファレット』
ユキ『盟約の元、我に従い、我の力になる事を望む』

シルフィード『我、シルフィードの名に懸け誓いを受ける』
シルフィード『我、ユキ=ティファレットとの契約を此処に結ぼう』

シルフィードが微笑みと共に誓いの詞を口にする。
その詞と共に髪に巻かれたリボンに盟約の文字が刻まれ、ここに風の精霊との契約が結ばれた。