天使の舞い降りた日 第1章 Act.5 封刻

パチパチパチ

眩い光が収まりシルフィードとの契約が終わった途端、魔法院に拍手の音が鳴り響いた。
辺りを見回した私の視界に入ってきたモノは、火・水・土の残りの三大元素の精霊達。

瞬間。
その存在を感じた魔術回路に強力な電圧でも掛けたかのように、身体中が指先に至るまで痺れ始めた。
筋肉は収縮し、鼓動は早鐘のように鳴り響く。

そう。今、これだけ身体と精神が疲弊しきっているけど、私はまだ四大精霊のうちの一つとしか契約を果たしていない。
それも最も私が闘いやすい相手とだ。他の精霊との契約を果たしたいのなら、今以上の魔力行使が必要となる。
ユキ「(そんなの・・・)」
出来っこない。
シルフィードと契約して、多少なりと魔力の上限や質は上がっているとは思うけど、四大精霊達との力の差を視せつけられた今、それがどんなに微力なものか分かる。
プレシャ「お疲れ様でしたユキ」
だけどそんな私の戸惑いとは裏腹に、対峙する精霊たちの後ろから見慣れた人影が出てきた。
その姿を見て精神的に安心したのか徐々に身体が落ち着きを取り戻していく。
ユキ「先生・・・」
ユキ「だけど、まだ他の精霊たちと契約してません」
魔力を失い、光が消えかけているカドゥケウスを握り再び前を見据える。
先生からの労いの言葉は全ての精霊達との契約が完了してから受け止めるべきだと思う。
プレシャ「いえ、その必要は無さそうですよ」
だけど先生は、頭の中に疑問符が浮かんでいる私に軽く微笑んでから私と同じ様に精霊たちへと振り返る。
ウンディーネ「えぇ、そうね」
ウンディーネ「元々、ティファレットの子と契約する分には何の問題もないし、先の闘い振りを見る限りでは私達と契約しても大丈夫でしょう」
蒼い髪を靡かせ、三叉の槍を手にした女性が答える。
ノーム「うむ。濃も喜んで契約されようぞ」
ノーム「サラマンダーはどうじゃ?」
茶色い外套に身を包んだ長い白髭の老人がそれに同意し、隣に居た赤髪の男性に問い掛ける。
サラマンダー「あぁ、俺も特に問題は無いのだが・・・」
サラマンダー「ふむ。今の戦いを見ていて思ったんだが、ティファレットの子にしては如何せん火の力が弱いな」
シルフィード「えぇ。それは私も思いました」
シルフィード「火属性中心の攻撃を仕掛けてくると予測していたのですが・・・」

ユキ「えっと・・・」
ユキ「私、火の属性に関しては使う事が苦手なんです」
そんな二人の疑問に私が答える。

サラマンダー「ほぅ。ティファレットの家系にして火属性を苦手とするのか」
ティファレット・・・。”ティフェレト”はセフィロトの木の美を司る第六番目のシンボル。
生命の木の中央に存在する生命エネルギーの供給の中心。つまり、太陽の事。
その守護天使はミカエルとされ、この家系に生まれたものは光と火の加護を受けている為に、この二つの属性に関しては他の誰よりも長けている存在のはず。
だから、私が火属性を”使えない”という事は本来あってはならないと言う事になる。
そのことは私だって理解しているし、過去に先生にも相談した事もあったんだけど・・・。
ユキ「こればっかりはどうしようも無い事なんですよ」
サラマンダー「・・・そうなのか?」
そう呟いたサラマンダーが先生の方を見て険しい顔をする。
プレシャ「前に私が調べた所、ユキには確かに光と火属性の魔術回路が数多く存在しています」
プレシャ「しかし、火の魔術回路がどれもその機能を停止していて、ただの神経組織の一部として使われているようなのです」
魔術回路とは神経と似たような感じで身体中に張り巡らせれていて、意識を集中させることで魔力を流し込む事が出来る回路。
この回路を使い幽体と物質とを繋げることで、神秘や奇跡を起こすことが出来るようになる。
回路は個々によって千差万別で、普通のヒトにも極微量に存在しているが、ほとんどのヒトがその機能を知らないか別の回路として使っている。
しかし天使は、その存在自体がエーテル体であり世界と結びついているので、身体全体が魔術回路で出来ているといっても過言ではない。
故に、ヒトが使う魔術と天使が使う魔術とではかなりの格差がある。
サラマンダー「ふむ。となると、自身の魔術回路に火属性の魔力を流し込んだとしても機能しない訳か。なんとも不可解な事だな」

サラマンダー「・・・む? その封刻はなんだ?」
私の右手首に刻まれている封刻に疑問を持ったのか、サラマンダーが問い掛ける。
ユキ「昔、ある事件があったんですけど・・・これはその際に私の魔力を安定させる為に先生が刻んでくれたものです」
脳裏にかすめる当時の情景。朱一色に染め上げられた世界・・・。 あの事件の事を思い出すだけで身体の奥底にある何かが疼き出し、胸を締め付ける。 サラマンダー「・・・そうか」
そんな私の様子を見てか、サラマンダーはこれ以上話すのを止めて少しだけ考え込むような仕草を見せる。
サラマンダー「・・・どうだ? 契約を行う代わりに少し力比べをしてみないか?」
ユキ「・・・え?」
サラマンダー「そうだな、簡単な『火属性の初歩』の打ち合いなんて良いだろう。もちろん火属性を苦手としている様だから手は抜いてやる」
サラマンダー「まぁ、唯の力量検査みたいなものだ。本当に闘う訳ではないから安心しろ」
苦手な属性を使っての四大精霊との魔力比べ。シルフィードとの契約によって魔力は回復しているけど、心配になって先生の方を見つめる。
プレシャ「えぇ。良いでしょう」
プレシャ「ただ、ユキの持っている火属性の耐性は基準値を遥かに下回っているので気をつけてください」
サラマンダー「了承した」
ユキ「分かりました・・・お願いします」
一度緩めてしまった手に再び力を込めてカドゥケウスを握り直す。
そして、私とサラマンダーは魔法院の中央である程度の距離をとって対峙した。


ユキ『圧縮率・・・変更。D級結界構築。展開』

火から身体を守る為の結界は下位結界しか扱うことは出来ないが、少しでも防御面を高める為に前方に張り出す。
そして空中に”CEN”のルーン文字を指先で手早く描き出し、発動させた。

ユキ『φιρε!』

呪文を唱えると共に、描き出したルーン文字が燃え上がって一つの炎の塊と化し、渦を作ってサラマンダーへと向かって行く。
だけどその渦から感じ取れる魔力は微力なモノであり、その属性を統括する精霊にとっては結界を張って守りを固めるまでも無いはずだ。
サラマンダー「なるほど・・・確かにこれは”苦手”というレベルでは無いな」
苦手と言う概念は不得意。つまり、手慣れていないから扱い辛いと言う事。
だけど私の場合は、それ以前に火の魔力を精製する事が出来ていない。簡単に言えば”使えていない”と言う事。
火属性の初歩で、しかもルーンを活用していると言うのに・・・。

サラマンダー『魔力認識。分析。敵対魔力レベル解析完了』
サラマンダー『φιρε!』

そんな私が放った火の魔法のレベルを瞬時に解析し、サラマンダーが同等の質の魔法を私に向かって放つ。

バチッ

『D級結界損傷率。30%。40%。50%・・・』

魔力が衝突した瞬間。私の目の前に張っていた結界の耐久値が目に見えて減っていく。
魔法の質は同じでも魔力の質は全く違う。私と精霊では魔力の精製の仕方が全く違うから、打ち合いになると私が勝てるはずが無い。

『D級結界損傷率。70%。80%。90%・・・』

ユキ「(やっぱり私の魔力じゃ無理みたいだ・・・)」
そう諦め掛けた瞬間。



―――私の中で何かが動いた。



ドクンッ

???『――――――っ』
???『ータシー、ヤーーアール』

ユキ「(!?)」

心臓が一際大きく脈打ったかと思うと、興奮剤でも打ったかのように身体中の血液が熱くなり、身体を構成するエーテルが活性化する。
その動きに合わせて、魔術回路を流れる魔力が本来ありえないはずの動きを再開した。
今まで使っていた魔力を吐き出し、新たに私の精製する魔力とは全く別の性質を持った魔力を精製する。
創られた魔力は、今まで私が使っていなかった部分の魔術回路に馴染む様に浸透していき、新たな魔法を生み出す。

???『φιρε!』

再び頭の中で声が響く。
その声と共に打ち出された魔法は、私が使ったモノとは比べモノにならないほど精錬され、純度が高く、サラマンダーのソレと同等のものだった。
サラマンダー「くっ。なんだ・・・っ!」
突然襲ってきたその魔力に驚き、サラマンダーが一瞬躊躇するが、反射的にその魔力を上回る魔力を持って反撃に出る。
今度は相手のレベルを解析なんてしていない。サラマンダー自身の本来の力が込もった魔法。
しかしその魔法を撃ってから気付いた。
火属性をまともに扱う事の出来ないユキがこの魔力量に堪えられるはずが無い。

『オーバーロード。D級結界消滅』

ユキ「っ! きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭の中に響いていた声と、自身から湧き上がってくる膨大な魔力量に気を取られていた私は、防御体勢を取ることも無くその魔力の本流に飲み込まれる。
そのまま魔法院の壁まで吹き飛ばされ、身体を支配していく得体の知れない何かに抗うことも出来ずに、私は意識を閉ざした。