天使の舞い降りた日 第1章 Act.X 堕ちる火

プレシャ「ユキっ!」

膨大な魔力によって吹き飛ばされたユキの姿を見てプレシャが叫ぶ。
プレシャ「サラマンダーっ!」
サラマンダー「ス、スマン・・・」
そう謝罪するサラマンダーだが、自分が瞬間的に放ってしまった魔力。否、ユキから放たれた魔力の大きさに驚いていた。
サラマンダー「(俺と同等か、それ以上の魔力をティファレットが使えるはずが無い・・・)」
火属性を扱えないユキだけでは無く、上級天使でさえその属性を統括する大精霊の魔力には敵う筈が無い。
もしも敵う者が居るとすれば、それは神世代の者達以外には居ないはずだ・・・。

プレシャ「・・・っ!」
プレシャ「いけないっ!!」

何かを感じ取ったのか、ユキが吹き飛ばされた方を見据えていたプレシャが反射的に叫ぶ。
ノーム「っ! なんじゃ、この禍々しいまでの力は・・・」
ウンディーネ「火? いや、そんな簡単なモノじゃない」
シルフィード「これは・・・炎?」
他の精霊達もプレシャの言葉に続くように、その絶対的なまでの魔力を感じ取る。
守護者であるプレシャや四大精霊までもを揺るがす魔力が、在り得ない筈の場所から。ユキが吹き飛ばされた筈の場所から流れてきていた。
しかし、そんな魔力を未だ天使としての資質を得ていない者が持っている筈が無い。
サラマンダー「これは・・・どういう事だ?」
自身の察知した在り得ない魔力と、確かに流れ込んで来る在り得る魔力に動揺し、答えを求めるべくプレシャへと問いただす。
プレシャ「・・・四大精霊。説明は後でしますから、今は私の言う通りに動いてください」
彼女も動揺しているのか発した声にはいつもの冷静さは無く、微かに震え、乾いていた。
その言動で自分達がどの様な状況に置かれているのか察した精霊達は、プレシャの言葉に一斉に頷く。

プレシャ「シルフィードはこの魔法院の空間を維持させる為の風の結界を」
シルフィード「わかりました」

プレシャ「ウンディーネは炎から私達を護る為の水の加護を」
ウンディーネ「了解」

プレシャ「ノームはユキを押さえ付ける為の拘束魔法を」
ノーム「承知じゃ」

プレシャ「そして、サラマンダーと私でユキを取り押さえます」
サラマンダー「そこまでしないと危険なのか。これは全力で行かないとマズいな・・・」
そう答えるサラマンダーの額にうっすらと汗が浮かび上がる。
プレシャ「全力を持ってしても敵う相手かどうかは分かりませんよ」
サラマンダー「なんだと?」
プレシャ「・・・見れば分かります」

プレシャ『φινδ!!』

プレシャが叫んだかと思うと、ユキが吹き飛ばされた事によって生じていた魔力の渦が掻き消される。



そして・・・



ユキ「フフ・・・コンニチは」

壁に衝突したときに乱れた服装を丁寧に整え、傷一つ負っていないユキが煙の中から現れた。
しかし、右手には今まで持っていたはずのヘルメスの杖ではなく、禍々しいまでのカタチと魔力を帯びた一振りの長剣が握られていた。
ユキ「と言うヨリ・・・久シ振りだネ。メルクリウス」
友達に挨拶でもするかのように微笑みながら挨拶を交わす。
右腕にある封刻は赤黒く変色し、見開いた目には・・・光が宿っていなかった。
プレシャ「まさかこんなカタチで現れるとは・・・」
サラマンダー「どう言う事だメルクリウス。あいつは・・・ティファレットじゃねえよな」
喋り方はユキと差ほど変わらないが、天使と言うよりは堕天使と形容した方が良い程の背中から生える漆黒の翼や、赤黒い、魔をイメージさせる魔力を持った長剣。
そして、発せられる四大精霊を凌ぐ魔力はユキとは全くのベツモノだった。
プレシャ「えぇ・・・レーヴァテイン。巨人スルトが持つとされる魔剣です」

レーヴァテイン。
古エッダのスヴィプダーグのバラードに登場する、巨人スルトの持つ傷をつける魔の杖。もしくは、炎の魔剣。
自らも意思を持ち自在に動くことが出来、ラグナロクの終焉の際にはスルトがこの剣を持って世界を焼き払った。

サラマンダー「ちょっと待て。なんでソンナモノがアイツに憑いているんだ」
プレシャ「それは後で話します。今は奴を抑える事だけに集中してください」
サラマンダー「ティファレットなのに火が苦手で封刻が刻んである。こいつの中には何かあると思ったが、まさかこんな奴が居たとはな・・・」
サラマンダー「コレは本気を出すどころの問題じゃねぇ・・・命懸けだ」
その元素が世界から消滅しない限り精霊が死ぬ事は決して無いが、それだけこれから起こる事が危険を伴うと言う事。
そんなやり取りを笑いながら聞いていたユキが立ち上がり、前方に居るプレシャと精霊達をその光を通さない深紅の視界の中へと捉える。

ユキ「フフ。おシャベリはモウ終ワリ?」

ユキ「ソレじゃあ・・・遊ぼウヨっ!」

プレシャ「来ます!」

シルフィード『展開っ!』
ウンディーネ『展開っ!』
ノーム『展開っ!』

瞬間、その場に居た全員が自らの力を解放し行動を開始した。
手を抜く事など在り得ないかのように、全ての者が全魔力を放出し個々の魔法の詠唱を開始する。
そうまでしないとこの目の前に居る相手には敵わないと判断した。
他の者が詠唱をする最中、サラマンダーは自身の身体に宿る火の結界を最大限に増幅させ、レーヴァテインの結界に入り込む。
火と炎。
どちらが強力かと言えば、それは炎と誰もが答えるだろう。
しかし、サラマンダーはそれでも前進を止めずに結界を破ろうと、その腕に魔力を込めて左右に押し開いていく。

ノーム『ρεστραιντ』

逸早く詠唱が終わったノームが即座に魔法を唱えると、レーヴァテインの足元の地面が割れ、飛び散った破片によって檻の様なカタチをした籠が出来上がる。
その籠がレーヴァテインを包み込んだかと思うと、その肢体を締上げて身体の動きを封じた。

シルフィード『φινδ οφ δομαιν』

ウンディーネ『φατερ οφ προτεχτιον』

ノームがレーヴァテインを拘束するのと同時に、シルフィードとウンディーネの魔法が完成する。
レーヴァテインの動きが止まった一瞬の隙を見逃さず、サラマンダーが結界を一気に広げて巨大な穴を作り上げる。

サラマンダー「プレシャ!」
プレシャ「分かっていますっ」

プレシャ『βλιωωαρδ!』

その結界に空いた大きな穴を狙ってプレシャが氷の強大な刃を放った。
見事な連携技。彼らのその一連の動きは時間にして一秒を掛かっていないことだろう。

プレシャ『ρεπεατ!』

しかしそこで止まらず、サラマンダーが更に結界の穴を大きく広げると、プレシャが僅かな詠唱の後に再び同じ魔法を放った。
一度だけではなく何度でも。
既に自分自身を変革させることが出来ているわけだから、同じ魔法を放つ場合には同じ詠唱をする必要は無い。
まるで精霊達が抑え込んでいる今しかチャンスが無いかの様に、流れるような動作で立て続けに魔法を打ち込んでいく。
その一撃はこの空間を壊しかねないほどに強力で、現に、魔法院の壁に幾つも描かれている魔方陣は、その膨大な魔力量に反応し本来なら在り得ない輝きを放ち、
シルフィードの張っている結界が無ければ、すぐにでも空間自体が消滅しかねない勢いだ。
しかし、そんな中で誰もが不思議に思っていた。
幾ら神世界に存在していたからと言っても、これだけの魔法を立て続けに受け続けて無事な者は存在しないはずだ。
この状況で回避することは出来ない。否、プレシャの放つ魔法は確かにレーヴァテインを捉えている。
しかし、レーヴァテインの魔力は未だに健在している。
どんな術で防いでいても、多少なりとは魔力が減るはずなのだが・・・。

ユキ「フフ・・・無駄ダヨっ!」

突然声が聞こえたかと思うと、その魔力の渦から、触れた全てのモノを溶かしてしまう程の炎の波が押し寄せてきた。
その波の中で、レーヴァテインがノームの拘束を右手に持った剣で切り裂き、踏み込みと共にその剣を地面に向かって勢い良く振り下ろした。
その衝撃によって、精霊達が展開していたあらゆる魔法の効力が消え去る。
ユキ「メルクリウス・・・。ワタシの能力ヲ忘れタ訳じャなイヨね」
そう尋ねるレーヴァテインが握っている一振りの剣には、禍々しいまでの炎が宿っていた。
プレシャ「・・・・・・っ」
レーヴァテインはラグナロクの終焉の際に、その混沌とした世界を焼き払いスベテノモノを浄化した。
そう。”浄化”。あらゆるモノを無に還す力。言わば、有を無に還す事の出来る力だ。
レーヴァテインはその一振りでノームによる拘束もプレシャが放った強力な大魔法も、自身に影響を与える前に無に還すことが出来る。
プレシャ「四大精霊。少しだけ時間を稼いでもらえますか・・・」
ノーム「何をする気じゃ?」
ウンディーネ「メルクリウスの事だから勝算はあるんですね?」
プレシャ「えぇ、保障します」
シルフィード「わかりました。何分保てばいいですか?」
プレシャ「一分もあれば・・・十分です」
サラマンダー「それなら楽勝だ。ゆっくりと時間を使ってくれっ」
プレシャ「お願いします」
その言葉と共に自身に強力な結界を張って外界との接触を全て遮断し、詠唱を開始する。


サラマンダー「さて・・・。一分、時間を稼ぐぞ」
ウンディーネ「えぇ。だけどどうするの?」
ウンディーネ「私達だけでどうにかできる相手じゃないと思うけど・・・」
四大精霊はその属性の頂点に立つ存在だが、その統括する属性以外は扱う事が一切出来ない存在でもある。
つまり個としては、全属性を全て扱えるプレシャの様な存在には幾分か劣ってしまうと言うこと。
ノーム「そうじゃな・・・。だが」
シルフィード「そんな事を考えている余裕なんて無いみたいですよっ!」
その言葉と共に四大精霊が瞬時に四散すると、今まで居た場所が炎の波に飲まれた。
ユキ「メルクリウスガ何か始めタミたイダケど・・・」
ユキ「アハハ。何やッテも無駄なノニネ」
笑いながら、その最凶の魔剣を精霊達に向かい何度も何度も振り下ろす。その度に生物など一瞬で消滅してしまう様な炎の波が押し寄せる。
サラマンダー「むぅ・・・。流石はレーヴァテイン。神世界をその一振りで焼き尽くしただけの事はあるっ!」
ウンディーネ「喋ってる暇なんて無いよ。アレの炎を浴びたら貴方だって影響を受けるでしょ」
サラマンダー「解っている・・・っ!」
唯一、この炎に耐え切れる結界を持ったサラマンダーが楯となり、他の精霊達に迎撃のチャンスを与える。
ノーム「ウンディーネ。奴とて火には変わりない。水が一番有効的なはずじゃ」
ウンディーネ「分かってる。だけど、少しぐらい詠唱で精神を集中させないと・・・」
ウンディーネ「ただの水じゃすぐに蒸発してしまうの」
精霊達は詠唱を必要としなくても大魔法を撃つことは出来るが、その魔力の純度はあまり高くは無い。
純度の低い魔法を打ち込んでも触れた瞬間に蒸発してしまうだろう。
蒸発させない為には詠唱を行い、魔力を精製する時から純度の高いモノを創り上げる必要がある。
シルフィード「私が止めます」

シルフィード『φινδ χαζε』

シルフィードの唱えた詞によって、魔法院の中に風が巻き起こる。
まさに突風。カマイタチが起こるほどに圧縮された風の帯がレーヴァテインを取り囲む。
その檻に行く手を阻まれレーヴァテインの歩が止まる。それだけではなく、檻から発せられる風によって剣に纏わりつく炎が大分掻き消された。
ウンディーネ「助かるわ、シルフィード」

ウンディーネ『πυρε φατερ χομπρεττιον μυλτιπλιχατιον』
ウンディーネ『φατερ βαλλ』

僅かな詠唱の後、ウンディーネの掌から魔力が圧縮された水の粒が一斉に放たれる。
固く圧縮され、分子同士が固く結びついた水の粒は、先の様に蒸発する事無くレーヴァテインの結界を通り抜け命中する。
ユキ「・・・・・・ッ!!」
初めてレーヴァテインが苦悶の表情を見せる。
ユキ「クぅ・・・」
ユキ「ダケド、ソンナモノじゃワタシヲ倒す事なンテ出来ナイよ」
そう。確かにダメージを与える事は出来るが、相手は神に近い存在。その魔力量は四大精霊を遥かに超えている。
プレシャ「それでは・・・これならどうです」
精霊達が稼いでくれた一分間の間に魔力を精製し終わったプレシャが、その長い詠唱を紡ぎはじめる。

プレシャ『ηε ισ "φηατ ρεσπονδσ", ανδ "α τηινζ φηιχη ρεταλιατεσ".』

プレシャ『τηερεφορε, ηε ισ χαλλεδ "φραζαραχη".』

プレシャ『ιτ ισ τηε σφορδ φιτη φηιχη ιτ ισ συπποσεδ τηατ νοβοδυ εσχαπεσ τηε βλοφ』

プレシャ『ανδ τηε βλοφ χαν στρικε δεψιλιση μεριτ'σ ηεαδ οφφ ανδ τηε πριχε οφ ισ νοτ χυτ.』

プレシャ『ναμε οφ τηε σαχρεδ σφορδ φηιχη εμιτσ α φλαμε ανδ λιζητ ανδ σηινεσ ...』
長い詠唱。詠唱は長ければ長いほど自己に陶酔する事が出来、その魔法の純度をさらに高めることが出来る。
そして・・・

プレシャ『"χλαιμη σολαισ"』

真名を口にした。
途端、彼女の周囲の空間が割れ、その中から溢れる眩いばかりの光が魔法院を包み込んだ。


ユキ「ソレ・・・は」
その光を見たレーヴァテインが少しだけ後退りをする。

プレシャ「クラウ・ソラス」

プレシャ「サラマンダー。貴方にならこの剣が使えるはずです」
空間から取り出したその光り輝く剣を、プレシャがサラマンダーへと手渡す。
サラマンダー「ほぅ・・・異神話の剣か。なるほど。北欧での魔剣が奴なら、こっちはケルトの魔剣で勝負って事か」
レーヴァテインの炎が太陽よりも光り輝くと言うのなら、クラウ・ソラスは炎と光を放って輝く宝剣。
同質の剣ではあるが、神世界を炎で浄化するだけの力をレーヴァテインが持っていても、鞘から刀身を引き抜いた瞬間に勝敗の決するクラウ・ソラスの方が勝る。
プレシャ「ただし私は担い手ではありませんし、本物のクラウ・ソラスはヌァダと共に朽ち果てていますから、これは、データベースの中にある記録から読み起こした複製品」
プレシャ「つまり、私の創り出した偽者です」
プレシャ「質は劣化してはいますが、何も無いよりは大分良いでしょう」
サラマンダー「用は担い手次第ってことだろ?」
サラマンダー「あぁ・・・十分だ」
自分で言ったその言葉を噛み締めるかの様に、サラマンダーが宝剣の柄を両腕で握り締める。
ユキ「クラウ・ソラス・・・ヌァダの持つ不敗ノ剣・・・」
ユキ「アハハ。オモしろいネ」
ユキ「ソレじゃあ、どっちガ強イノか力比べしヨウかっ!」
但し、その力は担い手によっても左右されることである。
剣自信に意思が存在するレーヴァンテインは自分自身を動かすのだから、他の誰よりも・・・巨人スルト以上に扱うことが出来るだろう。
サラマンダー「あぁ。どちらの炎が強いか、枯れるまで戦い尽くしてくれるっ!」
しかし、担い手で無くてもサラマンダーは火に関する属性を誰よりも扱うことが出来る存在だ。
手に持つ武器の属性が火ならば、それは本当の担い手よりも上手く扱うことが出来るはず。

今一度クラウ・ソラスを強く握り締めたサラマンダーが、その宝剣を握りレーヴァテインへと突進する。
魔剣同士がぶつかり合う音が魔法院の中に響くのと同時に、僅かに弛緩していた空気が凍り付く。
本来在り得ない筈の衝突によって空間は歪み、ぶつかり合う度に様々な異空間がこの魔法院の中に出現する。
今この空間で動く事が出来るのは対峙している二者のみだろう。
ユキ「っ!」
先に苦悶したのはレーヴァテインだった。
サラマンダー「どうやら、身体能力までは自身の思うようには出来ないみたいだな」
レーヴァテインが憑いているのは天使としては未だ未熟な女子の身体。
体内に張り巡らせている魔術回路の数や範囲。身体を構成する筋肉や神経と言った組織もまだまだ未熟だ。
そんな未熟な身体で、魔力や筋力が勝っているサラマンダーの剣勢を受け止め切れる筈がない。
ユキがカドゥケウスから流れ込んでくる知識の本流を呑み込めない様に、否、それ以上にレーヴァテインは適応できていなかった。
ユキ「そうミタいだネ。だケド・・・」
サラマンダー「何っ!?」
突然、レーヴァテインの動きが活性化する。
ユキ「ソンなモノ、魔力がアレばドウにデモナっちャウンダよ」
レーヴァテインの本体はユキの身体では無い。その右手に持つ深紅の剣の方だ。
ユキの身体に足りない魔術回路はその剣の中に創られる。元々アノ時からユキとレーヴァテインの魔術回路は繋がっているのだ、そんな事造作も無い。
そうして創られる魔術回路から発せられる魔力により、ユキの身体能力を強化させる。
結果、サラマンダーの筋力には劣るものの、渡り合える位の能力を創り出すことが出来る。
ユキ「ダケドこッチの魔力モ無尽蔵じゃナイカらネ。そロソロ終わラセて貰ウヨ」

ユキ『οφ ηισ δεατη...』

レーヴァテインが使う事の出来る唯一の魔法。その詞を発するのと同時に刀身に灼熱の炎が宿り、対峙するサラマンダーへと向けられた。

サラマンダー『φραζαραχη!!』

対するサラマンダーも自身の魔力をクラウ・ソラスへと乗せ、ヌァダがそうした様に剣の因果を高めて迎え撃つ。

そして―――



一瞬の間を置いて、二つの魔剣が全力を持って振り下ろされた。
両者の剣先から放たれた炎と光が怒涛と共に衝突するのと同時に、空間が音を立てて軋み、一際大きな爆音と共に光が膨れ上がった。
その凄まじい衝突の後、サラマンダーの握っていたクラウ・ソラスが硝子の割れる様な音と共に崩れ去る。
所詮は複製品。幾ら担い手が優秀でも、本物であり、世界を焼き払うまでの力を持つレーヴァテインの力を受け止めきれるはずが無い。
プレシャ「―――っ!!!」

プレシャ『圧縮率変更! S+級結界構築! 即時展開っ!!!』

その光景を目にしたプレシャが忘れていた呼吸を再開させると、すぐさま最上級結界を辺りに張り巡らせる。
魔剣同士の衝突に魔法院と言う空間が絶えられる筈が無い。その衝撃は空間を消滅させるだけではなく、逆に創り出す事も可能だろう。
同じ様に、それを視た他の三精霊達も空間を護るべく強力な結界を展開させる。


サラマンダー「ぐぅ・・・っ」
プレシャの結界によって保護されていたものの、魔剣同士が触れ合った時の衝撃が激しかったのか、サラマンダーが苦悶の声を漏らす。
ユキ「フフ・・・」
対するレーヴァテインには傷一つ付いてはいなかった。
否、多少なりと魔力が削られてはいるが、サラマンダーとは違いすぐにでも戦闘を再開することは出来るだろう。
鞘から引き抜いた瞬間。つまり、剣を振るった瞬間に勝敗を決するクラウ・ソラスの因果を、レーヴァテインはその身の浄化能力をもって掻き消したと言う事だ。
剣が衝突し合う度に起きていた空間の歪みや軋みは、その因果を逆転させていた矛盾から生じる世界の動き。
本来なら在り得ない事だが、これがホンモノとニセモノの違いと言うことだろう。
ユキ「マタ、封印さレルのハ嫌ダかラネ。コノ身体を寄代にスル事にスルよ」
ユキ「ソウダね・・・」
ユキ「マズは、神世界の終焉の再現でモシてみヨウカ」
プレシャ「っ! 止めなさい・・・っ!!」
そう言葉では制止しようとするものの、行動することが出来ない。
レーヴァテインと対峙している彼らの中で、戦闘能力が一番高いサラマンダーでさえ敵わなかったのだ、他の者が闘っても勝ち目は無い。
ユキ「フフ。無理ダよ」
ユキ「天使ヤ精霊ごときガ、神ニ敵ウコトなんテ出来なインだカラ」
その圧倒的なまでの魔力量を誇示するかの様に対の黒翼を宙に広げると、レーヴァテインが刀身に炎を宿し始めた。
いや、火、炎・・・そう呼ぶのは相応しくない。
その刀身に宿っているのはこの世を焼け尽くすほどの灼熱の劫火そのものだ。



???「ほぅ・・・」

???「それなら神が相手をしてやっても良いぞ?」

ユキ「・・・っ!」
だが、その行動は魔法院の中に突然響いた澄んだ声によって中断された。中断せざるを得なかった。
驚いたのはレーヴァテインだけでは無く他の者達も一緒であり、”彼”がココに居る事が嘘の様な面持ちで見つめる。
ユキ「なんデオマエがココニッ!」
いつからそこに居たのか。
今、魔法院の大きな扉を閉め終えた二十歳前後の白髪の青年が、レーヴァテインを冷たい眼差しで見上げる。
???「さぁな。でも、最大のピンチの時に登場するのがヒーローって者だぜ?」
そんな台詞を口にすると、辺りを観察してこの状況を瞬時に察する。
???「・・・随分と暴れたもんだな」
この中でレーヴァテインに唯一対抗できるサラマンダーは魔力が底を突きかけている。
他の精霊達の中ではウンディーネが最も対抗できそうだが、レーヴァテインの結界は同属性の者以外に破ることは出来ないだろう。
プレシャは先程の魔力の消費が激しかったのか、回復までには少しの時間が必要だった。

???「(ジャスト・タイミングってやつだな)」

そうやって軽く含み笑いを浮かべると、自身の胸に手を当てて詠唱を開始した。

???『ιτ ζροφσ ιν τηε φεστ ιν ψαληαλλα, χαρριεσ ουτ, ανδ ισ τηε υουνζ ζολδεν τρεε οφ αν οακ.』

???『τηε ονλυ αρμσ φηιχη φερε τηροφν βυ μυ βροτηερ ανδ κιλλεδ σελφ.』

???『χαρρυ ουτ τηε πρεσεντ χομμυνιτυ -- 』

???『"μυστλεταινν"』

その長い詠唱を一秒弱で言い切り、金色に光る一本の小さな枝を出現させたかと思うと、すぐさまレーヴァテインに対して威圧を掛ける。
ユキ「くッ!?」
ユキ「ミストルテイン!? な、ナぜ、ソンなモノをっ!」
???「俺を殺す事の出来る唯一の存在だからな。それを俺自身が持てば、最早コノ世界に俺を殺せる者は居なくなる」
???「前世の身体では契約する以前に触れる事すら出来なかったと思うが、生憎、この身体はバルドルの記憶と能力を持っただけの別の身体だからな。それも可能だって事だ」

アース神族の一人である光の神バルドル。唯一絶対の神。
神々の中で最も美しく知恵があり万人に愛され、フリッグの誓いによりどんな武器も彼を傷つける事はなくなった。
誰からも、何からも傷付けられる事の無い不死の神。彼の前では如何なる武器も効力を無くしてしまう。

???「まぁ、少しばかり探すのには苦労したが、手に入れて久々に帰ってきてみればこの状況だ」
???「お前が寄代にしているのは俺の事を慕ってくれていた女の子の身体だからな、貴様には出て行ってもらう」

???『χατχη βινδ!』

青年の口から何らかの魔法が紡がれた瞬間、彼の掌に乗っていた小さな枝から無数の光の帯が放たれ、レーヴァテインに向かって直進する。
ユキ「くッ! ソンナものッ!」
あらゆる効果を浄化することの出来る剣を叫びながら振るい、その光の帯の全身を止めに掛かる。
???「無駄だって・・・」
しかし、青年の言う通りにレーヴァテインから放たれた浄化の能力は光の帯を通り抜け地面へと衝突する。
ユキ「何ッ!」
???「なんせ、俺でさえ殺されたんだからな」
ミストルテインの元となっているオークのやどり木は、まだ若いと言う理由からフリッグの誓いから唯一除外された存在だ。
そう。この世に存在する全ての掟を知らない若い存在だからこそ、あらゆる因果を応報することが出来る。
つまり、レーヴァテインの浄化の能力など無いも同然と言う事だ。
ユキ「クそッ! 離セッ!」
???「プレシャ! 今の内に封印をっ!」
光の帯がレーヴァテインに絡み付いた所を見計いプレシャに向かって叫ぶ。
プレシャ「え、えぇ」
彼の存在に驚いているのか、多少取り乱しながらもレーヴァテインの意識の封印を開始する為に長い詠唱を始めた。
ユキ「グッ・・・オ、オマエが介入シテモ意味の無い事ノ筈」
ユキ「ソレなノニ・・・」
???「そんな当たり前の事を聞くなよ」
???「お前はロキ側だ」
???「兄弟を唆して嘲笑った奴を許す訳にはいかないんでな。そいつに手を貸した存在も同等って事だ」
ユキ「・・・ッ!」
彼から放たれる異様なまでの殺気によってレーヴァテインがたじろぐ。
自分の事を想ってくれていた母を騙し、親愛なる盲目の兄弟を騙し、そして自分を殺させた事に対する恨みはそれ程までに強力だった。
???「そう言う訳だ」
???「本当ならココで消滅させたいんだが、お前を消すと身体の方にも影響を及ぼしかねないからな、今は眠ってもらう」

プレシャ『σεαλ!』

詠唱を完了させたプレシャが真名を口にした途端。巨大な魔方陣が何重にも宙に浮かび上がった。
その幾重にも編み込まれた魔方陣がユキの身体覆い尽くす球体となり、その周りを回る様々な呪文によって封印が開始される。

ユキ「―――ァ――――――ァ」

その詞一つ一つが紡がれる度に、レーヴァテインの意識が途切れていく。



ユキ「―――――――――ッ」


ユキ「――――――ッ」

ユキ「―――ッ」



そして完全にレーヴァテインの意識が消え去った後、ユキの右腕には壊れていた封刻が再び刻み直された。
???「流石だな。封印や結界魔法を使わせたら並ぶ者なんて殆んど居ないだろ」
先のS+級の結界も今の封印魔法も、唯の天使が使える魔法では無い。それは守護者になった者でも同じ事だ。
それを多少の詠唱を必要とするが、なんのペナルティも無しに彼女は使っていた。
そんな存在、この広い天界の中でも一人か二人居るぐらいだろう。
プレシャ「バルドル・・・帰ってきたのですが?」
レーヴァテインの封印を終えたプレシャが、改めて白髪の青年に向き直る。
???「あぁ。俺が庭を出て行ってから百年位は経ったか。長いもんだ・・・」
???「この通り、ミストルテインとの契約を済ませてきたぜ」
そう言ってプレシャに金色に輝く小さな枝を手渡す。
それは紛れも無く絶対の神を殺した唯一のモノだった。
???「あ、後。”バルドル”って言うのは止めてくれないか」
アザル「この身体になってからは、”アザル=トルクアート”って言う名前があるんだから」
プレシャ「そうでしたね・・・しかし」

パシッ

アザル「いてっ!」
近付いてきたプレシャに急に頭を叩かれたアザルが驚いて目を白黒させる。
プレシャ「なんですかその口の利き方は! 仮にも私は貴方の教師なのですよ!」
アザル「教師って・・・そんな昔の事言われてもな」
確かに。アザルが庭を出て行ってから百年。人の時間で換算すれば十年程は時間が経っている。
プレシャ「ふむ。貴方が天使へと昇華した時に人としての記憶を忘れ、当ても無く彷徨っていた所を拾ってあげたのは誰でしたでしょうかね?」
アザル「・・・ぐっ」
プレシャ「分かっているのなら言葉を慎みなさい。それに・・・」
プレシャ「貴方はまだ庭を卒業していません。卒業するまでは貴方も私の生徒なのですから・・・」
アザルの頭に掌を乗せて、今度は優しく穏やかな表情と声でそう言った。
アザル「・・・・・・」
アザル「分かりましたよ・・・先生」
不貞腐れながらも、恥ずかしさを隠すかのようにアザルがそう答える。
プレシャ「よろしい」
プレシャ「おかえりなさいアザル。よく帰って来てくれましたね」


アザル「そういえば、ユキは大丈夫なのか?」
封印が終わり、シルフィードの腕の中で静かに眠るユキを心配そうな顔で見つめる。
プレシャ「えぇ。あの時と同じ方法で封印しましたから問題は無いと思います」
アザル「あの時?」
サラマンダー「その事で尋ねたいんだ。何故あんな奴がこんな少女の身体に憑いてたんだ?」
レーヴァテインはラグナロクの終焉の際に世界を焼き払ってから、一度も表舞台には上がってきていない。
つまりそのまま消滅したか、その危険さ故に何処かに封印されたかされていたはずだ。
それが何故、ティファレットの家系に生まれ、素質はあるとはいえ未だ天使としては未熟なユキの身体に憑いていたのか全員が疑問に思っていた。
ノーム「もしや、七十年程前に”封印された地”で起こったと言う事件と関係しておるのか?」
プレシャ「流石はノーム。知恵者なだけはありますね」
感心する様にプレシャが答える。
プレシャ「えぇ。レーヴァテインがユキに憑いたのはその時です」
プレシャ「ふむ。ユキが目を覚ました様なので、話はユキと一緒にすることにしましょう」